.jpg)
ハラスメントが怖くて何も言えない管理職へ ― 「言わない」ほうが、実はリスクになる理由
2026年10月16日 12:41
「自分より経験も年数も長い部下には、指導しにくい」
「あからさまに不満そうな表情や態度を返されると、それだけで気持ちが萎えてしまう」
管理職の方から、そんな声を聞いたことがあります。
そこに、「パワハラと言われたら、どうしよう」という不安が重なると、言うべきことが、ますます言えなくなります。
その気持ちは、誰にでもあるものだと思います。ただ、先に結論をお伝えします。
「言わない」ことは、安全策ではありません。むしろ、いちばん大きなリスクを抱え込む選択です。
なぜ、言えなくなるのか
「ハラスメントと思われたらどうしよう」と怖くなるとき、頭の中ではこんなことが起きていないでしょうか。
相手のミスを指導する = 相手を否定する = 相手を傷つける
指導と否定が、ひとつにくっついてしまっているのです。
人には、2つの価値があると言われます。
機能価値:何ができるか。成果、スキル、仕事の出来
存在価値:そこにいること自体の価値。できてもできなくても変わらないもの
会社という場所は、機能価値で評価される社会です。だからこそ、仕事の指導が「あなたの存在価値が低い」と聞こえてしまう怖さが、伝える側にも受け取る側にも生まれます。
でも本来、この2つは別のものです。
機能については、事実をもとに、はっきり伝える。 存在については、「あなたがいてくれて助かっている」という前提を、揺らさない。
この「すみ分け」ができると、指導の怖さはぐっと下がります。
「この資料は、結論を最初に書いてほしい」は、機能への話です。「だからあなたはダメだ」と言わない限り、存在には触れていません。
パワハラとして問題になりやすいのは、まさに存在に踏み込む言動(人格の否定や、人前での侮辱など)です。
「人格ではなく、事実と行動について話す」という線引きは、機能と存在を分けて話すことと同じ意味です。
ただし、すみ分けは「伝える一言」だけで作れるものではありません。
日頃の雑談、感謝、小さな変化への気づき。存在を認める関わりを積み重ねているから、機能への指導が素直に届きます。
私自身、部下だった頃に、仕事ができて、ユーモアがあって、それでいて成果の質には決して妥協しない上司に出会いました。その人からの指導は、正直、悔しかった。感情的に反応してしまうこともありました。
それでも、その指導が私の成長を願ってのものだということは、伝わっていました。
そして、会社である以上、成果が求められるのは当然のこと。
だからこそ、悔しさは「もっと成長して、できるようになろう」というモチベーションに変わっていきました。
ただ、これは最初のうちは、誰もがそう感じられることだと思います。指導が増え、毎回続くうちに、そう思える人と、思えなくなる人に分かれていきます。受け止め方は、受け手によって違うからです。
「言わない」とき、何が起きているのか
言わずにいると、次のことが静かに進みます。
本人が気づく機会を失い、同じミスや行動が続く
我慢が溜まり、ある日、感情的な言い方で一気に出てしまう(実は、これがいちばんハラスメントになりやすい)
周りのメンバーがフォローを続け、「なぜあの人だけ」という不公平感が広がる
本人には「何も言われない=問題なし」と伝わってしまう
指導をしないことは、優しさのようで、本人にも周りにも、後から大きなツケが回ってきます。
そもそも、必要な指導をするのは管理職の大切な仕事です。国の指針でも、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワハラには当たらないとされています。
指導とパワハラの線引き
職場のパワハラは、次の3つの要素をすべて満たすものとされています。
優越的な関係を背景とした言動であること
業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること
働く人の就業環境が害されるものであること
管理職の立場では、1は「上司だから」で当てはまりやすいものです。3は、受け手が不快に感じたかどうかだけでなく、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、「同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうか」を基準に判断されます。そのため、自分の側で確かめやすいのは、2の「必要かつ相当か」です。次の3つで、言う前に確認してみてください。
目的:業務上、必要なことか(何のために伝えるのか)
対象:人格(存在)ではなく、事実と行動(機能)について話しているか
方法:場所・回数・長さ・言葉は、相当な範囲か(人前ではなく1対1か、同じことを延々と繰り返していないか)
この3つを意識して確認しておくと、「言う」ことをためらいにくくなります。もちろん、個別の事案は状況で判断が変わります。迷うときは、人事や専門家に相談してください。
言い方を変えるだけで、伝わり方は変わる
「機能(事実と行動)だけに絞った言い方」の例です。
✕「何度言ったらわかるんだ」→ ○「期限は先週金曜でしたが、提出は月曜でした。次回は期限の前日に、進み具合を一度教えてください」
✕「やる気あるの?」→ ○「最近の会議で、発言が減っているように見えます。何か困っていることはありますか」
✕「普通はこうするでしょ」→ ○「この資料は、結論を最初に書いてほしいです。読む人が、まず知りたいのは結論だからです」
✕ みんなの前での注意 → ○ 1対1の場で、短く
共通しているのは、人ではなく、事実と行動に焦点を当てていることです。
「事実+Iメッセージ」の型
迷ったら、この順番で伝えてみてください。
事実:見たこと・数字(「資料の提出が月曜でした」)
私の受け止め:Iメッセージ(「私は、チームの確認が間に合わなくなるのが心配です」)
お願い:具体的に(「次回は前日に一度、教えてください」)
相手の考えを聞く(「何か難しいことはありますか」)
「あなたは○○だ」ではなく、「私は○○と感じる」を主語にするのがコツです。評価やレッテルを貼らず、相手の言い分を聞く時間があるので、一方的な叱責にもなりません。
伝えたら、受け取れているかを見守る
伝えて終わりにしないでください。
すみ分けて、事実をもとに、丁寧に伝えたつもりでも、受け手にどう届いたかは、別の話です。
土台は、いつも「聞きやすい環境」。 伝えるときだけでなく、普段から、質問や相談がしやすい空気をつくっておく。
「何かあれば、いつでも言ってね」が、言葉だけでなく、日頃の関わりで伝わっていることが前提です。
そのうえで、受け取れているかを、2つの時間軸で見ます。
その場で。 話している最中の表情、相づち、間の取り方。反応が急に変わっていないかを見ておきます。
時間を置いて。 その場で「はい、わかりました」と言ってくれても、本当に受け取れているかは、翌日、数日後、1週間後の様子に表れます。
表情や態度は、いつもと変わらないか
報告や相談は、これまでどおりあるか
話しかけてくれる頻度は、変わっていないか
小さな変化に気づいたら、「最近どう?」と、ひと声かけてみてください。
部下への指導が続いているときほど、この「見守り」は大切です。そして、「いつも助かっているよ」を伝えられているかも、あわせて振り返ってみてください。
それでも受け取りにくいタイプの部下には、伝え方だけでは届かないこともあります。
そのときの関わり方については、またどこかでお話しできればと思います。
一人で抱えない
言いにくいことほど、一人で抱え込まないでください。
伝えた日時・内容・相手の反応を、簡単にメモしておく(事実の記録は、お互いを守ります)
迷う場面は、人事や上司、外部の専門家など、第三者に相談してから伝える
「これは言って大丈夫かな」と壁打ちできる相手がいるだけで、言葉の選び方は、ずいぶん変わります。
まずは、1つだけ
いきなり全部を変えなくて大丈夫です。
今週、伝えそびれていることを1つだけ、「事実+Iメッセージ」で伝えてみてください。その前に、「いつも助かっているよ」のような、存在を認める一言を添えられたら、さらに十分です。完璧な言い方でなくて構いません。
1対1で、短く、事実から。
「思ったより、大丈夫だった」という感覚が1つできると、次の「言う」ことが少し楽になります。
関連コラム